口腔癌
1.口腔の機能と特徴
口腔(辞書では“こうこう”と発音していますが、医学・医療では“こうくう”と読んでいます)は、日常生活になくてはならない機能を有しています。
その主な機能は嚥下、構音、味覚です。
[1] 嚥下
食物は歯で噛み砕かれ、口腔から咽喉(のど)へ送り込まれますので、口腔は嚥下の始まりとして重要な働きをしています。
特に舌はその働きが悪くなると、嚥下に重大な影響をもたらします。
[2] 構音
声は声帯によってできますが、口腔は音を共鳴する機能を担っています。この共鳴腔の形を変化させて口から音を発する事になります。舌はその主役であり、舌の働きが悪くなると、言葉の明瞭度が悪くなります。
[3] 味覚
舌の表面に味覚を感じる細胞(味蕾)が存在し、それによって味を感じています。味覚がなくても生命に関わることは少ないかもしれませんが、食事をはじめ日常生活において大きな不自由であることは間違いありません。
2.口腔癌の特徴
口腔癌は、構内の部位により舌癌、口腔底癌、歯肉癌、頬粘膜癌、硬口蓋癌に分けられますが、最も頻度の高い物は舌癌でありその半数以上を占めます。50歳~60歳代が好発年齢ですが、喉頭癌や咽喉癌と比較するとやや若い年齢に好発します。また若い人にも時にみられます。原因は不明ですが、飲酒、喫煙、慢性的な機械的刺激(歯が慢性的にあたるなど)等との因果関係があることがわかっています。
好発部位は舌癌では舌の辺縁部です。口腔癌は鏡でみることができるためか、比較的早期に見つかるものが多いとされています。しかし、進行癌の予後は必ずしも良好ではなく、特に頸部のリンパ節に転移する症例は予後の悪いタイプです。
3.口腔癌の診断
[1] 口腔癌のT分類(腫瘍の大きさ)
※ Tの数字が大きいほど進行しているといえます。
T1 : 癌の最大径が2cm以下のもの
T2 : 癌の最大径が2cm~4cm以下のもの
T3 : 癌の最大径が4cmを超えるもの
T4 : 癌が隣接臓器(骨・舌深層の筋肉・皮膚など)に浸潤したもの
[2] 口腔癌のN分類(リンパ節転移)
頭頸部癌全部にいえますが、口腔癌は特にリンパ節転移の有無が重要な因子になります。
4.当科の治療方針
口腔(舌など)は、音声(しゃべる)、咀嚼(かみくだく)、嚥下(のみこむ)など重要な機能をもっているので、いかに機能を温存するかがポイントになります。
一方一般に進行癌での治療成績は良好ではありません。進行癌では、機能を考慮しつつもしっかりとした治療が必要です。当然進行癌ほど大きな切除が必要となるため、機能障害が多くなります。したがって他癌と同様早期発見が望まれます。早期癌では部分切除を施行することになりますが(例えば舌部分切除)、大きな機能障害は残りません。
[1] T1N0
手術による切除のみ(舌部分切除など)⇒機能障害はほとんどありません
[2] T2N0
手術による切除(舌部分切除など)+ 頸部リンパ節予防郭清術(肩甲舌骨筋上郭清術)
[3] T1~T2N+
手術による切除(舌部分切除など)+ 頸部リンパ節の郭清術(全頸部郭清術)
※ 術後放射線治療することがある
[4] T3~T4N0
手術による切除(舌の半分から全部の切除など)+ 頸部リンパ節の郭清術(全頸部郭清術)
+ 再建術(前腕皮弁、服直皮弁など)
[5] T3~T4N+
[4]に加えて、放射線(化学)治療、さらに化学療法
* 治療法の説明 *
舌部分切除術
T1~T2に属する比較的小さな癌に対する切除術です。一般的には全身麻酔で行います。切除後は何かで再建せず、そのままの形にしておきますが、間もなく表面はきれいになり、半年もたてば舌に変形が多少ある程度になります。特に舌の前方(可動舌という)の切除では機能障害をきたすことはほとんどありません。
舌半切術
T2~T3に属する癌が主な対象になります。舌の前方(可動舌)の半分切除では再建が必要ない場合もありますが、舌の後方(舌根)の切除も加える場合は再建術を必要とします。ある程度の機能障害は否めませんが、嚥下、日常のコミュニケーションは問題なくできることがほとんどです。術後は創部が落ち着くまで、2~3週間経鼻経管栄養で経口摂取を控えてもらいます。
舌亜全摘~舌全摘術
T3~T4に属する大きな癌が主な対象になります。舌を半部以上(亜全摘)あるいは全部(全摘)切除する術式です。切除部分を何らかのもので埋める再建術を必要とします。再建物に舌のような可動性はありませんので、機能障害は必発です。特にその後の生活に大きく関わるのは嚥下機能です。舌の切除範囲が広くなるにしたがって、嚥下機能は落ちますので、喉頭全摘が必要になる場合もあります。すなわち喉頭全摘を行うことによって、食道と気道の「道」を分けて、誤嚥しないようにするのが目的です。
頸部郭清術
頸部郭清術とは、頸部のリンパ節転移に対する術式です。転移の範囲、状態に寄っていろいろな術式が考案されています。口腔癌のリンパ節転移は比較的多く、一般にT分類に比例します。T1で10%~20%、T2で40%~50%に転移があるといわれています。口腔癌の予後(成績)は頸部リンパ節転移と深く関わっています。
放射線治療
外から放射線をあてる治療法です。口腔癌の場合、その適応は咽頭・喉頭癌に比べるとやや限定的です。適応を大きく分けると、術後の追加治療として(術後照射)、進行癌で手術不能症例、さらに最近では機能温存を目指して化学療法(抗癌剤)として併用して根治を目指す症例もあります(放射線化学療法;CRT)。術後照射は、進行癌症例、手術(頸部郭清術)を施行した結果複数個のリンパ節転移を認めた症例をその適応としています。手術可能なCRT症例も最近増加しています。しかし、手術が侵襲的、CRTが非侵襲的とは必ずしもいえません。実際CRT後癌が残存した場合、そのあとの手術は極めて困難になります。したがって、治療前の判断(主治療を手術とするのか、CRTとするのか)が重要と言えます。早期癌は、治療期間、侵襲、治療成績いずれでみても手術の方が勝っており、放射線治療の適応となる症例は少数例です。
5.大阪医科大学耳鼻咽喉科における治療成績
1999年9月~2020年2月まで(最低3年以上観察)の成績。
全国のがんセンター系施設の成績とほぼ同様です。
※詳しくは頭頸部癌治療成績参照。
6.大阪医科大学耳鼻咽喉科における口腔癌の臨床研究
[1] 転移リンパ節の術前診断基準の作成
もともと頸部リンパ節は片頸だけで70~80個存在するといわれ、炎症や転移を起こすと、リンパ節は大きくなります。かぜをひいて咽頭炎になった時や扁桃炎などで、頸部のリンパ節の腫れを自覚する事はよくあることです。舌癌は比較的リンパ節転移をきたしやすく、治療前に転移の有無を知る事が極めて重要です。事実、舌癌の予後が頸部リンパ節転移に関わっているといっても過言ではありません。
そのため転移リンパ節を診断が必要ですが、それは一般的にはCTやエコー(US)などの画像診断でなされます。当科では以前からUSによる転移リンパ節診断の臨床研究を行い、転移リンパ節の診断基準作りをしてきました。前述のごとく、炎症性リンパ節でもリンパ節は大きくなるのですから、単に大きさだけではン診断できないことになります。当科では術前にUS診断を正確に行い、頸部リンパ節郭清術を行った症例に対して、術中、術後所見と比較検討し、転移リンパ節の診断基準を作成しました。それによると、転移リンパ節では球形にある傾向があり、リンパ節の短径≧7mmかつ短径/長径≧0.5という基準を作成しました。
[2] 口腔癌(舌癌)T2症例の取扱い
背景 口腔癌はT1、T2の早期癌であっても18~40%の潜在転移があると報告されているが、いずれの報告も転移リンパ節に対する診断方法や基準が不明瞭なものが多い。また、予防的頸部郭清術として行われる肩甲舌骨筋上頸部郭清術(SOHND)の適応について明らかな基準はない。
目的 口腔癌T2症例を対象とし、USにより転移陽性診断基準に従って術前US診断と病理組織学的診断を比較することにより、頚部リンパ節転移診断の有用性と限界、予防的頸部郭清としてのSOHNDの意義および術中迅速診断(FSB)の活用法について検討を行う。
方法 過去12年間に、当科で治療した口腔癌T2症例73例を対象としたレトロスペクティブ研究である。年齢は24から90歳(平均61.0歳)で、男性が47例、女性が26例であった。基本的に転移陽性(N+)症例では全頸部郭清術(MRND)を施行し、転移陰性(NO)症例では予防的郭清としてSOHNDからMRNDに術式を変更する方針とした。USによる転移陽性診断基準に従って術前US診断と頸部郭清術(ND)により摘出されたリンパ節の病理組織学的診断を比較検討した。
結果 USの転移陽性診断のSensitivity、Specificity、Accuracyを求めると、それぞれ59%、97%、79%であった。これにFSBの結果をあわせるとSensitivityが79%、Specificityが97%、Accuracyが89%となり、USのみのしんだんよりSensitivityが20%、Accuracyが10%改善された。また、MRNDを施行した28症例全体で、病理学的転移陽性リンパ節(pN)+の総個数は73個であり、そのうちUSで転移陽性と診断できたリンパ節は32個(44%)であった。
結論 口腔癌N+症例に対する郭清範囲としてMRNDを施行する方針が正しいとしたならば、SOHNDはN+症例には不十分な郭清である。SOHNDを施行してpN0となる over surgery症例を容認するならば、FSBにおける転移リンパ節の高い発見率から、grand neck biopsyとしてのSOHNDは成績向上のための一つの方法であると考えられる。
7.業績集(口腔癌関連)・・・総説・原著のみ(学会発表は除く)
- 河田 了:診断・治療をマスターする.頸部リンパ節炎. 耳喉頭頸 83(5):285-289,2011
- 河田 了,中井 茂,丁 剛,島田剛敏,四ノ宮 隆,鈴木敏弘,馬場 均,樋口香里,村上 泰:頸部リンパ節に対する穿刺吸引細胞診の正診率.耳喉頭頚 70: 901-905,1998.
- 河田 了,柴田敏章,中野宏,栢野香里,中井茂,福島龍之:転移リンパ節に対するエコーの有用性と限界.耳鼻臨床 92: 891-895,1999.
- 河田 了,村上 泰:頸部郭清術:N0リンパ節の処理, 顎下部・オトガイ下部領域について.頭頸部外科 6: 155-160,1996.
- 河田 了:上歯肉癌・硬口蓋癌, T1・T2症例の治療. JOHNS 23: 589-592,2007
- 河田 了,辻 雄一郎,李 昊哲,今中政支,林 伊吹,竹中 洋:口腔癌後発リンパ節転移に対する早期診断.耳鼻臨床 96: 351-355,2003.
- 河田 了:舌癌T2N0M0症例の治療指針―予防郭清の是非と機能障害への配慮―, 上頸部郭清(SOHND)の適応.耳喉頭頸 76: 425-430,2004
- 河田 了:オフィスサージャリー・ショートステイサージャリー、頸部リンパ節生検.耳喉頭頸 80: 177-183,2008
- 林 伊吹,河田 了,李 昊哲,櫻井幹士,辻 雄一郎,竹中 洋:頭頸部扁平上皮癌の転移リンパ節診断における超音波エコーの有用性と問題点.日耳鼻 106: 499-506,2003.
- 李 昊哲,河田 了,林 伊吹,竹中 洋:超音波検査を用いた甲状腺乳頭癌の側頸部リンパ節転移の診断.日耳鼻 107: 1038-1044,2004.
- 荒木南都子,河田 了,李 昊哲,寺田哲也,竹中 洋:口腔癌73症例の臨床的検討, 頸部リンパ節転移の診断と治療を中心に.耳鼻臨床 99: 19-24,2006.
- Lee K, Kawata R, Nishikawa S, Yoshimura K, Takenaka H: Diagnostic criteria of ultrasonographic examination for lateral node metastasis of papillary thyroid carcinoma.Acta Otolaryngol 2009, 27:1-6.
- 河田 了:頸部リンパ節腫脹の診断と治療.大阪医大雑誌 69:1-5,2010
- Lee K, Kawata R, Nishikawa S, Yoshimura K, Takenaka H:Diagnostic criteria of ultrasonographic examination for lateral node metastasis of papillary thyroid carcinoma.Acta Otolaryngol, 130,161-166 ,2010.
- 河田 了:頸部郭清術の手術手技―確実かつ安全な頸部郭清術のために―.日耳鼻 114:121-125,2011.
- Lee K, Nishikawa S, Yoshimura K, Kawata R; Late nodal metastasis of T2 oral cancer can be reduced by a combination of preoperative ultrasonographic examination and frozen section biopsy during supraomohyoid neck dissection. Acta Otolaryngol, 131: 1214-1219, 2011.
- 河田 了:研修ノート;頭頸部癌における転移リンパ節の診断基準.耳鼻臨床 105:1010-1011,2012.